テレビをつければお笑い芸人が画面を彩り、映画館では心揺さぶる映像作品が上映され、街を歩けば個性的なデザインに出会う。日本のエンターテインメントやクリエイティブ産業を支える人材は、どこで育っているのでしょうか。大阪府南河内郡河南町にキャンパスを構える大阪芸術大学は、音楽、美術、デザイン、映像、舞台芸術など15学科を擁する日本最大級の総合芸術大学です。俳優の松坂桃李、映画監督の庵野秀明、ミュージシャンの森山直太朗など、多彩なジャンルで活躍する卒業生を輩出してきました。 この大学の特徴は、単一のアート分野に特化するのではなく、あらゆる芸術表現を一つの場所で学べる「総合性」にあります。なぜ大阪の地で総合芸術大学が発展したのか。そして、異なる表現分野が交わることで、どのような創造性が生まれるのか。エンターテインメント産業、地域文化、そして社会全体への影響という観点から、大阪芸術大学の役割と可能性を探ります。

INDEX

01. 巻頭インタビュー|○○○○ 様(××××年 大阪芸術大学 卒業)

幼少期から絵画の才能を開花させ、東京藝術大学卒業後はニューヨークへ。海外の風に刺激を受けデザイナーとして長年活躍してきた吉岡徹氏は、70歳で束縛のない純粋美術の世界へと歩みを進めています。幾何学的形態と色彩が織りなす抽象画には、神仏への畏敬と人生の機微が込められている、と語る吉岡氏に、美術との出会いから現在の想いまで幅広く伺いました。

絵を描き始めたきっかけを教えてください。

小学校低学年の頃、美術の授業でデッサンの課題があったとき、同級生が書き方がわからずに思い悩んでいる中で、私は母から教えてもらった遠近法を使って道を描くことができました。また、美術でニコライ堂の風景を描いたところ、大手の新聞に掲載されました。その流れで日展に出品したところ、最年少受賞を果たし、周りの人がびっくりしていました。学生の頃から絵を描く才能を持ち合わせており、事もなげに絵を描いては、先生や友だちなど周囲から褒められることが多かったです。

東京藝術大学を卒業後にニューヨークへ渡米しました。ポップアートの先駆者であるアンディウォーホルなどから刺激を受けて帰国し、大手百貨店のデザイン事務所に就職しました。その後、30代前半で独立し、大手メディアの広告を担当しました。長年にわたり大学、大学院でデザインの教鞭をとった後、70歳で自身の創作活動を開始しました。

「Insense」 作:吉岡徹

デザイナー時代と現在の創作活動の違いは何ですか?

デザイナーをしていた頃と現在では創作活動の方向性が全く異なります。スポンサーがついているとレイアウトや規格などの制限が発生します。もちろん、ビジネスとしてデザインを行い金銭が発生するので、スポンサーの意向に沿った創作をするのは当然なのですが、私にとっては神経がすり減ってしまうこともありました。束縛のない表現制作をしたいという思いが募り、独立しました。その後、大学、大学院で意匠学、色彩学の教員を定年退職した後に、自分の心が向くままに抽象画の制作を始めました。今の創作活動は純粋美術と言えると思います。

「手印」 作:吉岡徹

現在の創作活動における思いやインスピレーションの源を教えてください。

実は、現在の創作は精神衛生のために行っているところがあります。ストレス発散になっているんですよ。自分の心身の健康のために、何事にもとらわれることなく絵を描いています。私は現在82歳ですが、年齢を重ねるにつれて神仏に惹かれるようになりました。休日には時折、神社仏閣を訪れますが、創作につながるインスピレーションを得ることもあります。
幾何学形態の作品をフランスで開催した個展に展示したこともありますが、そこで『キュビズム』に似ていると評価を受けたことがありました。ピカソやブラック、日本ですと東郷青児や岡本太郎の作品には影響を受けましたから、近い表現になるのかもしれません。

ご自身の作品について、最も自分らしいと思う作品を教えてください。

昨年に描いた『無漏』は、最も自分らしい作品です。色彩も形もすべて自分が訴えたいものを表現できました。無漏とは、穢れがないことや煩悩がないことを指す仏教用語です。煩悩に惑わされながらも成長し続けようとする心の在り方は、人生そのもののように思います。

「無漏(むろ)」 作:吉岡徹

今後の作品制作に向けての思いを聞かせてください。

年を重ねるごとに体力が衰えていきますので、大きい画を描くことがだんだんと体の負担になっていくとは思うのですが、抽象的表現は今後も続けていきたいです。今取り組んでいる表現には終わりが見えないですから。幾何学的形態は、いろんな視点から鑑賞していただくと変化を楽しめると思います。1つの視点として、神仏に感謝したくなる気持ちを思い起こしていただければ嬉しいですね。

02. 大阪芸術大学を知る

多摩美術大学の変遷

多摩美術大学は、1935年に多摩帝国美術学校として世田谷区上野毛に創設され、初代校長・杉浦非水のもと、日本画科・西洋画科・彫刻科・図案科の4科で開校しました。創設翌年には女子部が設置され、美術教育における革新的な取り組みを始めます。しかし、戦時中には校舎が海軍技術研究所に接収され休校を余儀なくされ、空襲によって校舎の大半を焼失するという困難な時期を経験しました。
戦後の1947年には多摩造形芸術専門学校として再出発し、1950年に多摩美術短期大学、1953年には多摩美術大学として四年制大学となりました。この時期から上野毛キャンパスでの本格的な教育活動が展開されるようになります。1960年代には八王子の校地購入を開始し、図案科をデザイン科へ改称するなど、時代のニーズに応じた学科再編を進めました。
1970年代に入ると八王子キャンパスへの移転が本格化し、広大な敷地に充実した施設を整備していきます。1989年には美術学部二部が開講され、多様な学びの形態を提供するようになりました。その後も情報デザイン学科や芸術学科の設置など、新しい分野への挑戦を続けています。
21世紀に入ってからは、グローバル化とデジタル化に対応した教育改革を推進してきました。海外の美術大学との国際交流協定の締結、多摩美術大学美術館の開館、さらには大学院博士後期課程の設置など、研究と教育の高度化を図っています。「自由と意力」という建学の理念のもと、世界を舞台に活躍する才能を数多く輩出してきました。そして2025年、多摩美術大学は創立90周年を迎え、次の100年に向けた新たな歩みを始めています。

学科の壁を超えた「化学反応」が生む創造性

大阪芸術大学最大の強みは、15もの異なる芸術分野が一つのキャンパスに集まっていることです。これは単なる規模の大きさではなく、創造性を生み出す「化学反応装置」として機能しています。音楽学科の学生が映像学科の学生と組んでミュージックビデオを制作する。舞台芸術学科の演劇に、デザイン学科が舞台美術で参加し、放送学科が記録映像を撮る。こうしたコラボレーションが日常的に起こる環境こそが、同大学の真骨頂です。
現代のクリエイティブ産業では、単一の専門技術だけで完結する仕事はほとんどありません。映画制作には監督、脚本家、撮影技術者、音楽家、美術デザイナー、編集者など多様な専門家が関わります。ゲーム開発にはプログラマー、グラフィックデザイナー、サウンドクリエイター、シナリオライターのチームワークが不可欠です。広告キャンペーンでは、コピーライター、ビジュアルデザイナー、映像ディレクター、音楽プロデューサーが協働します。大阪芸術大学の学生たちは、在学中から異なる専門性を持つ仲間と共同制作する経験を積むことで、卒業後すぐに業界の現場で求められるコラボレーション能力を身につけています。
また、他分野を学ぶことで自分の専門性が深まるという効果も見逃せません。映像作品を作る学生が音楽理論を学べば、音と映像の関係性について深い理解が得られます。グラフィックデザイナー志望の学生が文芸学科の授業でストーリーテリングを学べば、単なる視覚的美しさを超えた「物語を語るデザイン」が可能になります。建築学科の学生が舞台芸術から空間演出を学べば、建築物を単なる構造物ではなく「体験を生み出す装置」として捉える視点が養われます。
大阪芸術大学では、全学共通の教養科目に加えて、他学科の専門科目も一定範囲で履修できる制度が整っています。さらに年間を通じて学科横断のプロジェクトやコンペティション、展覧会が開催され、学生たちは自然と専門の枠を超えた交流を持つようになります。こうした学際的な環境が、既存のジャンル分けにとらわれない斬新な表現を生み出す土壌となっているのです。

エンターテインメント産業を支える実践教育

大阪芸術大学のもう一つの大きな特徴は、エンターテインメント産業との密接な連携です。関西圏はテレビ局、映画制作会社、音楽プロダクション、劇団など、エンターテインメント関連企業が集積する地域であり、大阪芸術大学はこれらの産業界と太いパイプを持っています。
映像学科や放送学科では、現役のテレビディレクターや映画監督が講師として指導にあたり、学生たちは業界標準の機材を使って実際の放送番組レベルの作品制作に取り組みます。音楽学科ではプロの音楽家やプロデューサーから直接指導を受け、レコーディングスタジオでの実習を通じて商業音楽制作のノウハウを学びます。舞台芸術学科では学内に本格的な劇場施設があり、年間を通じて公演を重ねることで、観客の前で演じる経験を積み重ねていきます。
さらに注目すべきは、企業や自治体との共同プロジェクトです。地元企業のPR映像制作、自治体のイベントプロデュース、地域活性化のためのアートプロジェクトなど、学生たちは在学中から実社会の課題に取り組む機会を得ています。これらのプロジェクトでは、クライアントの要望を理解し、限られた予算とスケジュールの中で成果を出すという、プロの現場そのものの経験ができます。
こうした実践的な教育の成果は、卒業生たちの活躍に表れています。テレビ業界、映画業界、音楽業界、広告業界、ゲーム業界など、日本のエンターテインメントを支える様々な分野に、大阪芸術大学出身のクリエイターたちが数多く進出しています。彼らは単に技術を持った作業者ではなく、企画から完成まで全体を見渡せるプロデューサー的視点を持った人材として、業界から高い評価を受けているのです。

03. 地域文化と共生する「開かれた芸術大学」

大阪芸術大学の社会的役割は、プロフェッショナル人材の育成だけにとどまりません。地域社会との深い結びつきも、この大学の重要な特徴です。キャンパスのある河南町をはじめとする南河内地域では、大学と地域が協働して様々な文化プロジェクトを展開しています。
例えば、学生たちが地域の祭りやイベントの企画運営に参加したり、商店街の活性化プロジェクトでアートやデザインの力を活かしたりしています。地域の小中学校でアート教育のワークショップを開催し、子どもたちに創造する喜びを伝える活動も行われています。高齢者施設での音楽演奏会や、公共空間でのアート展示など、芸術を通じて地域コミュニティに貢献する取り組みも盛んです。
こうした活動は、学生にとっても貴重な学びの場となっています。プロの現場とは異なり、地域プロジェクトでは多様な年齢層や価値観を持つ人々とコミュニケーションを取る必要があります。専門用語を使わずに自分たちのアイデアを説明する力、相手の立場に立って物事を考える共感力、予期せぬトラブルに柔軟に対応する問題解決能力など、社会人として必要な基礎力が自然と養われるのです。
また、大阪芸術大学は一般市民に向けた公開講座や展覧会、コンサートなども積極的に開催しています。大学の持つ知的・文化的資源を地域社会に還元することで、芸術が一部の専門家だけのものではなく、すべての人々の生活を豊かにするものであることを示しています。これは「芸術の民主化」とも呼べる取り組みであり、大阪という大衆文化の土壌から生まれた大学ならではの姿勢だと言えるでしょう。

04. 創造性が社会を動かす時代に

大阪芸術大学の約80年の歩みを振り返ると、「総合性」「実践性」「社会性」という三つのキーワードが浮かび上がります。複数の芸術分野を一つの場所で学べる総合性は、ジャンルを超えた創造性を育みます。エンターテインメント産業との連携による実践性は、即戦力となる人材を生み出します。そして地域社会との共生という社会性は、芸術が象牙の塔ではなく、人々の暮らしに根ざしたものであることを教えてくれます。
これからの時代、創造性はますます重要な資源になるでしょう。AI技術の進化によって定型的な作業は自動化され、人間に求められるのは前例のない課題に対して斬新な解決策を提示する能力です。企業においても、製品開発、マーケティング、組織改革など、あらゆる場面でクリエイティブな思考が必要とされています。地域社会においても、人口減少や高齢化といった課題に対して、従来の枠組みを超えた創造的なアプローチが求められています。
大阪芸術大学は、こうした社会の変化に対応できる人材を育て続けています。それは単にアーティストやデザイナーを養成するだけでなく、創造的思考を持ったビジネスパーソン、地域リーダー、教育者など、様々な分野で活躍できる人材です。卒業生たちが多様な業界で活躍している事実は、芸術教育が特定の職業訓練ではなく、社会を生き抜くための普遍的な能力を育むものであることを証明しています。
大阪という土地が育んできた「実用と娯楽の融合」「大衆との対話」という精神は、今も大阪芸術大学の教育理念に息づいています。そしてこれからも、この大学は関西から世界へ、創造性という価値を発信し続けるでしょう。アートに興味がなかった人も、日常の中で出会うエンターテインメントや、心を動かされるデザインの背後に、こうした教育機関の存在があることを知れば、創造性を育む仕組みの大切さに気づくはずです。芸術は特別な才能を持つ人だけのものではなく、すべての人の人生を豊かにし、社会をより良い方向へ導く力なのですから。

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